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稲瀬川河口に咲くハマヒルガオ[由比ヶ浜]

SITE見聞|2015年5月15日

陽射しは強いけど、暑すぎず風も爽やか〜 

浜辺のぶらぶら歩きにちょうどいいこの季節、ハマヒルガオが砂浜の景色を彩ります。

鎌倉 由比ヶ浜のハマヒルガオ
台風一過の晴天! ハマヒルガオは花弁に砂をかぶっているものの、逞しくも可憐に咲いていました。
鎌倉 由比ヶ浜のハマヒルガオ

由比ヶ浜、七里ヶ浜から江ノ島にかけて、海ぎわを歩くと道路沿いなどの砂溜まりに自生するハマヒルガオがぽつぽつと見つかります。以前は、大きな群生地が海岸にそって続いていたそうですが、近年、姿を消しつつあるとか……。

稲瀬川河口の近くに、ハマヒルガオが群生する場所があります。ここのハマヒルガオの群れは保護区域になっているそうで、豊かに花が咲きそろいます。つぼみが次々につくので、これから6月中頃まで花が楽しめます。

鎌倉 由比ヶ浜のハマヒルガオ

 

この由比ヶ浜のハマヒルガオの群生地は、「稲瀬川」の石碑が目印。稲瀬川は今では、川の流れのほとんどが暗渠になっていて河口の部分しか見えませんが、かつては川幅も水量も豊かな川でした。

鎌倉 稲瀬川の石碑
大正時代に建てられた史跡碑「稲瀬川」。
鎌倉 稲瀬川河口
国道から階段を下りたところが、稲瀬川の河口。

 

吾妻鏡をみてみると、「稲瀬川」の名前が何度か登場しています。

 

治承四年(1180年)十月十日、北条政子が初めて鎌倉入りしようとしたとき、日柄が良くないという理由で稲瀬川ぞいの民家に泊まり、翌十一日に鎌倉に入ったという記録があります。

また、元暦元年(1184年)八月八日、源範頼(頼朝の弟)を大将とする平氏追討軍が出陣したときには、頼朝は稲瀬川の近くに桟敷を作って軍勢が鎌倉を発って行く様子を見送りました。

 

他にも「稲瀬川」の名前が出てくるところがいくつもあるのですが、いずれも鎌倉に出入りする人を迎えたり、見送ったりする場所として出てきます。鎌倉時代には「稲瀬川」が鎌倉の西の境界線と考えられていたようですね。

 

鎌倉 由比ヶ浜のハマヒルガオ
ハマヒルガオ保護育生地は、低いロープで囲われています。

長谷方面への行き帰り、江ノ電もいいけれど、時間があったらゆったり海辺を歩くのがおすすめ!

海水浴シーズン前の静かな海辺を楽しみたいです! 

 

歌舞伎の演目『白浪五人男』の舞台は鎌倉。そのクライマックスは『稲瀬川勢揃いの場』! 女装の美男盗賊・弁天小僧菊之助は、江ノ島の出身なので、台詞の中に鎌倉の名所が次々に出てきます。

 

「稲瀬川勢揃いの場」菊之助名乗りの連ね

 

さて其の次は江ノ島 岩本院の稚児上がり

ふだん着慣れし振袖から 髷も島田に由比ヶ浜

打ち込む浪にしっぽりと 女に化けた美人局

油断のならぬ小娘も 小袋坂に身の破れ

悪い浮名も竜の口 土の牢へも二度三度

だんだん越える鳥居数 八幡様の氏子にて

鎌倉無宿と肩書も 島に育って其の名さえ

弁天小僧菊之助

 

「髷も島田に由比ヶ浜」という、駄洒落のところが特に好き  

江戸時代にも、江ノ島や鎌倉は人気の観光地だったそうですから、歌舞伎の舞台にぴったり! 

現代なら、テレビドラマとかの「○○○温泉殺人事件」みたいな感じ?

 

鎌倉 材木座海岸
稲瀬川河口から材木座方面を眺めると、光明寺の山門と本堂の屋根が大きく見えます。鎌倉、江戸時代にはもっと目立っていたことでしょう!

ハマヒルガオは、根を砂の中に張り巡らして地表に葉と花を出します。砂地にしがみついて咲いてるのに、花の色は淡いピンクで可憐です。

葉っぱが厚くてツヤツヤしているのは、水分の蒸発を防いで海水の塩分から身を守るためだそうですよ。

由比ヶ浜のハマヒルガオ

<ハマヒルガオ保護地>
由比ヶ浜、稲瀬川の河口
江ノ電 長谷駅より徒歩約5分

最寄り駅からのアクセス(行き方)

現在地からのアクセス(行き方)※ルート探索にはGoogle Mapを使用しています。「現在地からのアクセス」は位置情報をGoogle Mapに送信する必要があります。

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