楽しい鎌倉

たのかま

2013年2月21日

「一の鳥居」を見てみたら

地図

前回に続いて、鳥居にかかわる話題!

鎌倉駅から若宮大路に出て、鶴岡八幡宮に向かうとすぐに目に入る赤い大きな鳥居は、「二の鳥居」。「一の鳥居」は、駅から由比ヶ浜に向かって7、8分ほど歩いたところにあります。

鎌倉 一の鳥居
▲鶴岡八幡宮から、この鳥居までは今でも道が見事に一直線です。鳥居のぐぐぅーっと奥、中央に鶴岡八幡宮の本宮が見えます。

御影石で作られた大きな鳥居、道路の真ん中にドーンと立っています。明治時代の中頃までは、この「一の鳥居」のところまで段葛(だんかずら)が続いていたのです。江戸時代やそれ以前の古地図や絵図をみると、すぐ近くに海岸が迫っていたようです。

 

鎌倉 一の鳥居
▲江戸時代の石材が使われている部分があるんだそうです! 
※鳥居が立っているのは、道路の真ん中の中州のようなところです。交通量もあり坂の頂点になるところで、横断歩道はありません! 渡るときは十分に注意してください!!

「一の鳥居」は、石でできています。関東大震災(1923年)のときまで、若宮大路の3つの鳥居はどれも石造りだったとか。3つとも震災で倒壊して、「一の鳥居」だけが御影石で復元され、「二の鳥居」「三の鳥居」はコンクリート製の赤い鳥居になりました。
ちょっとややこしくなりますが、若宮大路にある鳥居は、もともとは木製だったものを、1668年(寛文八年)、江戸幕府四代将軍徳川家綱が、石の鳥居に建て替えさせたんだそうです。

鳥居のところにある碑文をまとめると……、
●治承四年(1180年)十二月、源頼朝が創建(このときは木造り)
●台風などの災害で度々倒壊
●倒壊する度、その時の有力者が立て直す
●寛文八年(1668年)徳川家綱の寄進で石造りになる

寛文八年德川家綱祖母崇源院の大願を承け備前犬島産花崗石を以て此の鳥居を始め第二第三の鳥居を再興せり

德川家綱の祖母・崇源院とは、ちょっと前に大河ドラマにもなった、江ですね!
崇源院は鶴岡八幡宮の境内にある弁財天に祈願して、三代将軍となる家光を授かったとか……ある時、夢の中に弁財天があらわれて、備前犬島の石で鳥居を作りなさい…との御告げがあったといいます。
備前は現在の岡山県、その離島から石を運ぶのは大変な事業だったことでしょう! 崇源院の発起で始まった鳥居の寄進が、孫の家綱のときに完成したということでしょうか。

立派な石造りの鳥居が造られました、そして……、

此の大鳥居は夙(つと)に我が國石鳥居の範と仰がれ明治丗七年八月國寳に指定せらる

とあります! すごい!! 国宝!! 
★明治三十七年(1904年)八月、国宝に指定される
●大正十二年(1923年)関東大震災の時、柱の下部を残すだけで崩落
●昭和十一年(1936年)八月、御影石で再建

惜しくも関東大震災で崩れてしまったのですが、昭和になって再建したときには、できるだけ元の石材を使い、補充する石材も備前犬島から運び、古くからの工法で忠実に再現したそうです。
「一の鳥居」は一見地味に見えますが、そのストーリーを知ると、八幡宮の本宮を遥かに望む風景に歴史的な迫力を感じてしまいます。

鎌倉駅から直ぐに鶴岡八幡宮に向かうと、「一の鳥居」は通らないことになってしまいますが、時間があったらぜひ、この石の鳥居を見てみて! 300年以上前から使われてる石はどれかなー? などと、考えながら眺めたり、ココまで段葛(だんかずら)があって…すぐ近くが浜で…などと想像してみると面白いです。

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