楽しい鎌倉

たのかま

2014年5月10日

江戸の粋を集めた “水戸様の尼寺”[英勝寺]

地図

鎌倉駅の西口から歩いて10分ほどのところにある英勝寺は、鎌倉で唯一の尼寺。江戸時代の初期に作られた繊細な建築物と、尼寺らしい柔らかな雰囲気をたたえた庭が魅力的です。

鎌倉 英勝寺

鎌倉 英勝寺の山門
▲山門の隅瓦には、葵の紋が燦然と輝く!

英勝寺を開いた英勝院は、徳川家康の側室だった人で、水戸藩の初代藩主・徳川頼房の養母でもありました。
寛永十三年(1636年)、このお寺が創建されるとき、開山住持として迎えられた清因尼 せいいんに(小良姫 さらひめ 当時8歳)は、徳川頼房の息女。徳川光圀(水戸の御老公! 当時8歳)の母親違いの妹君です。それから幕末まで、水戸藩のお姫様が、代々住持を務めていました。
水戸藩の後ろ盾があり、豊かな寺領が与えられていたこともあって、地元の人々から「水戸御殿」「水戸様の尼寺」と呼ばれていました。

水戸藩主となった徳川光圀が、延宝二年(1674年)に鎌倉を訪れ英勝寺に7日間ほど逗留しています。ここを拠点に、鎌倉の名所旧跡を訪ねて回ったことが、「鎌倉日記」として記録に残されています。

徳川光圀と言えば、黄門様の漫遊記ですが、江戸と水戸の往復以外で、旅といえるのはこの鎌倉旅行が唯一だったそうなんです。

歴史に強い興味を持っていた徳川光圀は、延宝四年(1676年)に再び家臣を鎌倉に派遣して、神社仏閣、旧跡などの調査をさせました。それから10年以上の歳月をかけて、全八巻十二冊からなる本格的な鎌倉地誌「新編鎌倉志」がまとめられました。
現在でも観光ガイドブックにでてくる「鎌倉七口」や「鎌倉十井」は、「新編鎌倉志」が編纂されるとき選定されたものなんです。鎌倉観光案内のルーツといえるかもしれません。
もし、この時代に「新編鎌倉志」が編纂されなかったら、鎌倉の詳しい歴史や地名は埋もれ忘れ去られてしまっていたかもしれません。今の鎌倉があるのは、光圀公のお陰かも!

「新編鎌倉志」には、隆盛を誇ったころの英勝寺の様子が詳細に記録されています。境内の絵図もあって、これと現在の境内を見比べてみると、お姫様が暮らした優雅なお寺の様子が見えてくるようで興味深いです。
「新編鎌倉志」の絵図に描かれていて、現在の境内でも見られるものをまとめてみました!

新編鎌倉志 卷之四より「英勝寺図」

新編鎌倉志 英勝寺図

新編鎌倉志 英勝寺図

鎌倉 英勝寺の鐘楼
①鐘楼 袴腰をつけた格式の高い様式。

鎌倉 英勝寺の山門
②山門 光圀の兄、高松藩主松平頼重が造営。

鎌倉 英勝寺の祠堂門(唐門)
④祠堂門(唐門)優雅な唐破風の屋根。

鎌倉 英勝寺の仏殿
③仏殿 軒下の蟇股(かえるまた)に十二支の彫刻。堂内は煌びやかな彩絵が描かれている。

鎌倉 英勝寺の祠堂
⑤祠堂 プチ東照宮といった趣の豪華さ。

鎌倉 英勝寺の阿弥陀三尊像
⑥阿弥陀三尊像 やぐらの中に来迎の三尊像。

鎌倉 英勝寺の井戸
⑦浴室の井戸(?)

絵図をPDFファイルにしました。英勝寺に行く時、プリントして持っていくと楽しい!
新編鎌倉志 卷之四「英勝寺図」(PDF)

 

山門、鐘楼、仏殿などは、いずれも水戸徳川家御抱えの一流大工が腕をふるった建築物で、精巧な彫刻や透かし彫りがちりばめられています。壮麗でありながら、威圧感のない風雅な佇まいは、お姫様のお寺であったことを感じさせます。

鎌倉 英勝寺の仏殿
▲仏殿内部の彩絵。

仏殿は、正面にある小窓を開けて、御本尊や内部の装飾を見ることができます。中にある阿弥陀三尊像も美しく、天井や壁に天女や雲龍の彩絵(だみえ)があります。
英勝院の位牌を納める祠堂は、保護のための鞘堂に覆われていますが、ガラスごしに覗くと極彩色に輝く宝石箱のような建物が見えます。日光の東照宮を連想させる煌びやかさです!


姫御殿とまで呼ばれた方丈は失われてしまいましたが、残っている当時の建物を見れば、その豪華さが想像できます。山門の近くの蓮池では菖蒲の花も咲いたそうです。背後にある源氏山は、かつては英勝寺の敷地内で、そこで賑やかに桃の花見が行われました。夏には、由比ヶ浜から舟を出して逗子のほうに出かけたり、海岸の松原で松露(※)狩りをしたりもしていたとか!
住持といっても、徳川御三家の高貴なお姫様です。実務的な法要などは、鎌倉・材木座の光明寺や、江戸・芝の増上寺のお坊さんにお任せだったそうです。
※松露=ショウロ キノコの一種で松の根元に生える。球形で美味。トリュフみたいな感じ!

方丈のあったあたりは、現在、竹林になっています。
その中を歩いていると、小姓や女中をつれたお姫様の姿と同時に、仏門に入って故郷を離れた寂し気な女の子の姿がだぶって見えてくるような気もします。

 

鎌倉 英勝寺の総門
▲惣門は閉まっています!

※英勝寺の惣門(総門)は通常閉鎖されています。惣門の前から塀に沿って進み、通用門から境内に入って下さい。

鎌倉にあって、江戸時代に栄華を誇ったという歴史がユニーク! 創建当時のままの建築物がそろっているのは、鎌倉ではこのお寺だけなんです。 
「新編鎌倉志」の絵図と比べても、なかなかしっかりと建物が残ってるなぁ……と思ったんですが、現在の英勝寺の姿は関係者の方々の努力の賜物です。英勝寺は時代が明治に変わった後、厳しい時代を迎え、大正十二年(1923年)の関東大震災で壊滅的なダメージを受けました。山門は全壊し、崩れた木材はなんと薪として売りに出されてしまったのです! 幸いにして、山門の部材は志ある方に全部まとめて買い取られて保存されました。現在の姿に復元されたのは2011年のことです。

詳しくは→英勝寺山門復興事業
境内の様子もすてきだし、季節ごとに花が楽しめ、竹林もあります。さらに、鎌倉駅から徒歩10分で行けちゃう! デートにもお勧めのスポットですよ。


東光山英勝寺
▲「東光山英勝寺」小丸俊雄 著。

江戸時代の英勝寺の御用留(公の記録)を研究してまとめた「東光山英勝寺(小丸俊雄 著)」という本を、鎌倉市中央図書館で見つけて参考にしました。代々住持として迎えられたお姫様たちの暮らしぶりが、生き生きと伝わってくる興味深い一冊です。

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