10月に入って彼岸花も萩の花も見頃が過ぎた頃、扇ヶ谷の奥にある海蔵寺では、秋らしい色合いの紫苑が盛りを迎えます。
山門をくぐると、すぐに出迎えてくれる薄紫の群生。2mぐらいある背の高い花です。
紫苑はキク科の草花。花の形も色合いも繊細ですが、見かけより花茎が丈夫で多少の雨風ではへこたれず、9月終わりに咲き始め、10月の中頃まで咲き続けます。
海蔵寺の紫苑は、一本一本の茎に添木が当てられて、10月初めに海側をかすめて行った台風の影響もほとんど見られず、健やかに咲いていました。
紫苑は、平安時代から好まれていた草花で、『源氏物語』の中にも六条院の庭で秋の風景を彩っていたことが描かれ、衣や敷物などの色としても登場します。
そして、平安時代末期に編纂された『今昔物語』(巻第三十一/兄弟二人殖萱草紫苑語 第二七)には、「心の中にあるものを忘れなくなる草」として紫苑が出てきて、
……よき事有らん人は紫苑を植えて常に見るべし
と、お話の結びのところに書かれています。
紫苑の花言葉として、よく紹介されている「追憶」、「君を忘れない」などは、今昔物語からとられたものと思われます。少し青みがかった薄紫の色彩は、誰かのことをそっと思い出す…という、ひっそりとしたメージにぴったりですが、海蔵寺に咲くこの紫苑の花の前に立つと、だいぶ違った印象です。
燦々と降り注ぐ日差しに照らされて、青空に向かって咲く紫苑。
背の高い花を見上げるので、小さな花弁がそれぞれに背伸びをしているよう。蝶や蜂が飛び交い、活力に満ちていました。
なので、ここでは花言葉も、「楽しい思い出」ぐらいにしたいところです。
真夏の間はあまり見かけなかったアオスジアゲハが、紫苑の花に次々とやってきます。蜂やアブもブンブン飛び回っています
少し朝晩の気温が落ち着いてきて、真夏より昆虫たちを多く見かけるように思います。暑過ぎる夏が終わって、虫たちもやっと動けるようになったのでしょうか? 人間も、ここ最近、やっと真昼間に歩き回れるようになりました。